2020/5/1

 

 


 

わたしは政治家でなかったら、映画監督になっていたでしょう

金正日『人間の証し―「映画芸術論」抄』(卞宰洙訳)

 

 史上初の出来事をあつめた国際年鑑が編まれるとすれば、その二〇一八年版では六月一二日火曜日にもよおされた政治劇が特筆されることになるだろう。全世界が、とまでは言えないにしても、環太平洋地域、とりわけ東アジア各国やアメリカのマスメディアがシンガポールで開かれた首脳会談を一心に見まもっていたのはまちがいないからだ。

 そこにいたる経緯を振りかえれば、多少なりとも驚きをもって受けとめざるをえない歴史的な光景が映像に残されている。

 決して相いれないと思われた宿敵どうしの共演が実現したのみならず、レッドカーペット上で歩みよった両者が会場ホテルの吹き抜けテラスで握手しながら丁重な挨拶をかわしている。

 つづいて両首脳は、たがいの手の甲が触れそうなほどの位置でならんで報道陣のカメラにおさまると、二階へ移動しそろって室内へ姿を消したが、その際にはともに笑顔を向けあってさえいる。

 この初顔あわせの模様が、報道番組で何度も何度も再生されるうち、史上初の試みであることの意義ぶかい印象がいっそう強められてゆく。

 四月二七日金曜日の板門店とは異なり、たしかにここには派手な演出はなく、セレモニー色は薄いものの、つい半年くらい前まで「狂った老いぼれ」だの「リトル・ロケットマン」だのと罵倒しあっていた絶望的な不仲を経ての対面である事実を踏まえれば、いちじるしい関係改善がうかがえると言えないことはない。

 そんなわけだから、会場となったカペラ・シンガポールへ世界各地よりそそがれていたのは初物《﹅﹅》に対する好奇の視線のみではありえない。交渉を着地させるための見とおしもさることながら、口ぎたない罵りあいを演じてきた両首脳は果たしてどこまで態度をひるがえせるのか。両国のあいだに降りつもった憎しみの雪は、これを機にすべて溶けきるのか。そうした素朴な関心もまた、赤道直下の都市国家へこぞって寄せられていたことは疑いえない。

 

 とはいえこれは、モハメド・アリとジョー・フレージャーのラバーマッチを観戦するのとはわけがちがう。セントーサ島の高級リゾートホテルで展開されるのは、結果がどう転ぼうと無責任に楽しめるスリリングなエンターテインメントといったものではない。

 そこで顔をあわせているのは格闘家や競技者ではなく、どちらも大量破壊兵器の発射権限を握るとされる国家元首と最高指導者にほかならない。年齢や生いたち等々の人物像におおきなへだたりが認められるふたりであるばかりか、いずれも次の行動が読みにくく、ひと筋縄ではゆかない難物と見られている最高司令官たちだ。それゆえどの段階で双方が折りあいをつけることになるのかもまるで不透明と言わざるをえない。

 今般の会談の結果だけを評すれば、好ましく映るのは個人的な絆を深めた両首脳の間柄のみにとどまり、朝鮮半島の非核化をめぐる具体的な進展はなく終戦宣言もなしだったため、実質的な成果はなかったと判断する声は少なくない。

 そのいっぽう、「恒久的で安定的な平和体制の構築に向け、協力する」ことを約束しあう共同声明の発表は両国関係史を以前と以後にわけるひとくぎりにはなるだろうから、まったくの無益とも見なしがたい。

 したがって、史上初となる米朝首脳会談の評価がさだまるのは、当の二国間はもちろん、関係国協議の今後の継続いかんにかかっているとしか言いようがない。

 民放の報道番組にVTR出演した識者のひとりはそんなコメントを述べていた。番組が用意した台本に沿った解説なのかどうかはさだかでないが、これじたいができあいの台詞みたいに聞こえるのはなぜなのかと、横口健二は白飯をもぐもぐしながら考えている。編集のせいだろうか、などと推しはかってみたが、おかずの皿へ割り箸を伸ばしたときにはもう、その疑問は頭になかった。豚ガツ炒めを味わうことに意識が移っていたからだ。

 派遣先より駄目だしを食らうばかりの仕事を終えて電車で三軒茶屋にもどり、駅からの帰路に行きつけの中華料理店に寄って空いている席につき、いつもの定食を頼んで箸をつけたところだった。ちょうどそのタイミングで、プライムタイムのニュースがはじまり、日中におこなわれた米朝首脳会談の模様がトップストーリーとして報じられた。

 

 どの時間帯に訪れても、この中華屋のテレビはどこかしらの局の報道関連番組を映しているから、食欲と時事への興味の両方を満たしたい客にはうってつけの店だと横口健二は思っている。

 リモコンを操作しているのは客ではない。帳場からテレビに話しかけるのが業務の一部と化しているかのような、六〇代くらいの豹柄愛好者たる女店主がチャンネル権を独占している。彼女の話芸を玩味するのも当店の醍醐味と言えるだろう。店がこみだすと面倒くさそうに配膳をおこなうこともあるが、そのあいだでも女店主はちらちらテレビ画面を見やり、彼女なりの辛口批評を言いそえることをおこたらない。調理場で鍋を振っている巨漢の高齢者は夫らしい。ときどきかわされるふたりの会話からそれがうかがえる。

 米朝首脳会談のニュースは食事中の男に往時の数日間を想起させた。シンガポールのセントーサ島には六年前に仕事で行ったことがあるからだ。

 あの国はおしゃべりが多かったなと横口健二は思いだす。世話になった通訳やガイドはみんなひとがよく、男女を問わずひっきりなしにしゃべりまくり、話題にもこと欠かず、こちらが日本人だと知るや演歌を唄いだすタクシードライバーもいた。

 豚ガツ炒め定食をつつきながらテレビ画面へ目をやり、現地映像とみずからの記憶を照合させているうちに、海辺のホテルの内外を悠然とうろつく白孔雀や大蜥蜴の姿がよみがえってくる。あれはすばらしい情景だったなと横口健二は思う。ほかにも名前のわからぬ鳥が何羽かやってきて、異国情緒を感じさせてくれたのだが、このアニマル遭遇劇はささいながらひとつのしくじりの経験にもつながっている。

 六年前のあれは、映像作家としてフリーランスになって間もない頃だった。イメージビデオを撮影する仕事を請け負い、アイドル写真集の海外ロケに同行したのがシンガポールに渡ったいきさつだ。リゾートホテルのプールサイドや人工ビーチで水着の少女を追いかけていたところ、不意に現場へあらわれた野生の生き物の神々しいたたずまいに見とれ、カメラをまわすのを完全に忘れてしまっていた。ささいなしくじりだが、観光にきているわけではないのだからプロにあるまじき失態だ。

 

 見なれない動物の相つぐ登場に、水着の少女はたちまち緊張がほぐれ、きゃあきゃあはしゃいで大いにカメラ映えする表情を見せていたらしい。

 だが、イメージビデオ撮影班たるこちらの心身は、白孔雀や大蜥蜴を直視する以上に目下やるべきことはないと勝手に判断していたようだ。

 かくして後刻、せっかくの場面を撮りそびれやがってと編集者にねちねち小言を浴びせられてしまうことになる。実際、その後の少女はせいぜいつくり笑いしか浮かべてはくれず、ぎこちないふるまいを示すのみだったから、しつこくなじられても仕方がない過失ではあった。

 仕事面では失敗でも、自分自身にとってはかならずしも損じゃなかったとも言える。動画を撮りわすれ、自分の目で長々と見つづけたおかげで、あの美しい野生動物たちの姿態を今なお鮮明にイメージできるのかもしれないからだ。

 われながら負けおしみじみているなと感じつつも、横口健二はそう思うことにしていた。うしろ向きになるときりがないためだ。

 あれ以後、日本の外に出たことはない。あれ以前も一度もないから、シンガポールは横口健二にとって唯一の渡航先だ。再来年で四〇歳になるが、同年代のなかではパスポートの利用回数が少ないほうなのだろうと思う。

 そして今後もそれは変わりそうにない。二年前、念願の初監督映画の公開を間近にひかえたタイミングで逮捕され、十数年ほど積んできたキャリアをみずからふいにしてしまったせいだ。

 周囲に迷惑をかけ、結構な額の借金をかかえた執行猶予期間中の前科もちであるため、この先もとうぶんは国外へおもむく機会はないだろうと横口健二は見とおしている。そんな気分にもなれないにちがいない。

 

 

 二〇一八年四月のなかば、アメリカのメディアはいっせいにドナルド・トランプ大統領の隠し子疑惑を報じた。そのうちのひとつ、『ニューズウィーク』誌のグレッグ・プライス記者による記事「トランプに隠し子疑惑、「口止め料」に3万ドル?」は、当のゴシップをこのように伝えている。「トランプ・ワールドタワーのドアマンだった男が、トランプは元家政婦と関係をもち子供も生まれたと、4月12日の声明で明かした」

 同記事は、「トランプ・ワールドタワーのドアマンだった男」であるディノ・サジュディンが「米タブロイド紙ナショナル・エンクワイアラーを傘下にもつアメリカン・メディア(AMI)と、この話を他に明かさないという独占的な記事化契約を結び、見返りに3万ドルを受け取っていた」ことを世間に知らせるのが趣旨の報道ではある。

 「ナショナル・エンクワアラーはトランプと親しいため、話が表に出ないよう買い取って握りつぶしたのではないか、との噂もある」と補足しつつ、「問題の元家政婦とその子供の名前は報じられておらず、サジュディンの主張の真偽は未確認のままだ」と最後にことわってもいる。

 その後も当のゴシップに関しては「サジュディンの主張の真偽は未確認のまま」月日がすぎていった。

 初報から四カ月後の八月二六日日曜日、CNNが「『トランプ氏に隠し子』と主張の元ドアマン、秘密保持の契約解消」なる続報を出してはいるが、そこでも「トランプ氏に隠し子がいたという情報は今のところ、裏付けが見つかっていない」と報じられている。あとはただ漠然と、「サジュディン氏は『真実がまもなく明るみに出ることを願っている』」などと伝える弁護士のコメントが添えられているのみだ。

 それらの報道でとりあげられた、ドナルド・トランプ大統領の「隠し子」が実在するのだとすれば、最初に報じられた時点で当人はまだティーンエージャーかさらに年少だったはずである。噂の発信源たる「トランプ・ワールドタワー」が完成したのは二〇〇一年であり、そこで「問題の元家政婦」がトランプ・オーガナイゼーション会長兼社長と知りあって肉体関係を持ち、妊娠していたのだとすれば、生まれた子どもの誕生年はどんなに早くてもビルのオープン以前にさかのぼることはありえないからだ。

 したがって、これが「サジュディンの主張」する「隠し子」と同一人物であるとは考えがたいが――二〇一九年一月一日火曜日、ドナルド・トランプ大統領の非嫡出子を自称する男が中国遼寧省の丹東市にあらわれている。

 そしてその人物が、中朝国境を越えて朝鮮民主主義人民共和国に自分の意志で入国しようと試みたという事実は、どのメディアにおいても報道されてはいない。

 

 同日に報道各社より配信された北朝鮮関連のトピックとしては、金正恩朝鮮労働党委員長が発表した「新年の辞」をめぐるニュースがもっぱら注目をあつめていた。

 「いつでも再び米国大統領と向かい合う」と明言したうえで、「制裁と圧力」の早期停止をアメリカに要求してもいる当の演説は北朝鮮ウォッチャーの驚きを誘い、韓国メディアは「破格」のものだったとすら報じている。

 例年と異なり、壇上ではなく執務室のソファーに座りつつ、リラックスしたムードのなか金委員長がカメラの前で原稿を読みあげるという発表形式の一新に加え、「私の確固たる意志」として「完全な非核化」の推進を自国民に対しはじめてはっきりと表明する内容だったからだ。

 そこには、かねてより指摘されてきた、北朝鮮指導層における軍部強硬派排除の動きがあらためて確認できるとの分析もある。

 そのおなじ日に、トランプ大統領の「隠し子」が北朝鮮国内に足を踏みいれた可能性があるという情報がおおやけになっていたとしたら、新年早々のサプライズが倍にふくれあがっていたことになる。

 そればかりか、史上初の米朝首脳会談が決定したときに匹敵する騒ぎに発展したのはまちがいなさそうだが、実際には風説の域を出ることはなかったから、この事実を知りえているのはごく一部の人間にかぎられている。

 ごく一部のうちのひとりは、自称非嫡出子たる人物を空港でひろって北朝鮮国営旅行会社の丹東支所へと運んだ、中国人タクシードライバーだ。

 言葉が通じないためスマートフォンの翻訳アプリを介したやりとりをくりかえすなか、この外国人旅行者がなにがなんでも鴨緑江大橋を経て国境の向こう側の新義州市へ渡り、そこからさらに足を延ばして首都平壌市へ行くつもりであることだけは了解事項となる。

 荷物は小型のレザートランクひとつきりであり、急きょ意を決してここまでやってきた様子だが、観光ツアーに参加することは望まず、単独で早急に平壌入りしなければならないのだと旅行者は述べている。

 西洋人と東洋人のバイレイシャルに見えないでもない容貌の乗客に対し、「あなたはトランプ大統領に似ていますね」と翻訳アプリ越しに伝えてみたところ「当然でしょう」と答えがかえってきた。

 

 そのため「なぜですか?」とつづけて訊いてみると、「わたしはいまだ公表されていない、ドナルド・トランプのほんとうの三男なのですから」との返答があったことをタクシードライバーはよくおぼえているという。

 冗談なのだろうと解釈し、ドライバーはおおげさな笑いで応じたものの、話はそこで終わらない。

 母親は日本人であり、一九八〇年代のなか頃にニューヨークへ語学留学していた彼女はそのときに父ドナルドと恋仲になり、この自分を身ごもったのだ。そんなふうにさらりと、自称非嫡出子はみずからの出生秘話を言いたしたようだ。

 旅行会社にはひやかしかまともじゃない客と見なされ、自称非嫡出子はあえなく追いはらわれてしまっている。

 単なる観光目的ではないわけありの雰囲気を漂わせている男に、なぜ平壌へ行きたいのだと質問が向けられる。すると大真面目に、「金委員長に会って対米交渉の力になりたい」といった答えが口にされる。そんなありさまを目のあたりにし、かたわらで待機していたタクシードライバーは内心あきれかえってしまったという。

 自称非嫡出子は、「委員長に渡したいものもある」などという訴えもつけ加え、旅行会社職員の表情をますます強ばらせてもいる。いかれた旅行者に興味本位でつき添ってやったが、これは早くも空港へ逆もどりになりそうな流れだとドライバーは見ていたようだ。

 二〇一七年九月一日金曜日に、アメリカ人の北朝鮮への渡航は原則禁止されている。観光中に政治宣伝ポスターなどの窃盗を働いた罪で北朝鮮当局に逮捕され、一七カ月間にわたり拘束されたすえ昏睡状態で解放されたアメリカ人大学生オットー・ワームビアが、帰国後に間もなく、拘留中の拷問が原因と疑われるかたちで急死した事件を受け、合衆国政府がとった措置だ。対象外となるのは取材や人道支援目的での訪問であり、その場合でも国務省から特別な許可をえる必要があるとされている。

 旅行会社窓口でのやりとりの際、「あなたは遺言状の作成と葬儀の手配は済ませてきたのか」といったきわどい冗談も飛びだしたが、これは渡航を認める際の条件としてアメリカ国務省が公表した、北朝鮮訪問希望者への勧告を皮肉った言葉にちがいない。

 


 

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